第 2 章 有機栽培
2.4 日本における有機農産物の認証制度
このような市場動向、そして世界の認証レベルとの格差是正から、消費者が安心して選 択できるよう、日本も認証制度を確立しなければならない状況となった。というのも、ご く最近までこれら有機農産物はしっかりとした規制がなく、認証がなくとも勝手に有機食 品であると名乗ることができたからだ。また、生産段階では有機栽培でも、流通、加工の 段階まで有機的な方法で取り扱われたのかは不明確であった。これでは市場に出所の不明 確で信用できない有機製品が氾濫してしまうことになってしまう。政府は1999年7月にコ ーデックス(CODEX)委員会39が国際規格として「有機食品の生産、加工、および販売に ついてのガイドライン」を採択したことを受け、8月に「農林物資の規格化および品質表示 の適正化に関する法律」(通称JAS法)を制定し、2000年4月からこの法律は施行された40。 それまでも不十分ではあるが、行政側はある程度有機農産物への対応を行っていた。1989 年に農水省は「有機農業対策室」を設け、とりあえず理解を示すという形で出発。1992年 には環境保全型農業推進本部」が設けられて体制が強化され、1993年に「青果物の有機農 産物等特別表示ガイドライン」が施行された。その後着実に流通量は増加し、1996年にこ のガイドラインを見直し、「有機農産物および特別栽培農産物に関わる表示ガイドライン」
が公示された。1997年にはこれに米と麦が加わって、すべての農産物についてガイドライ ンがついた。ガイドラインということで罰則規定などはなく、この基準を満たしたものだ けが有機と名乗れるという段階にはなかった41。
JAS 法改正と同時にコーデックス委員会の定める有機農産物の国際規格に準拠した有機 食品検査認証制度が取り入れられた42。第三者の認証機関に認定された店頭の有機食品には
「有機JASマーク」(図2-1参照)がつけられるようになった。それまでは販売者が有機を 名乗れば基準がなくとも有機栽培として販売されてしまっていた。この制度は、ひとつは 消費者の選択の混乱をなくすために、もうひとつは生産から消費まで、いつ、どこで、誰 が、どのようなことをしたのかを追跡できる目的を持って導入された規格である43。流通が
38 山口、前掲書、p.16参照。
39 コーデックス委員会はコーデックス・アリメンタリウス(Codex Alimentarius)の略で、ラテン語で「食 品基準」の意味である。1962年FAO(国連食料農業機構)とWHO(世界保健機構)によって設置された。1999 年4月現在加盟国は164カ国(A SEED JAPANホームページ
http://www.aseed.org/agriculture/codex/about/about1.htm 2004年1月9日参照)。
40 久保田、前掲書、pp.39-40参照。
41 横田、前掲書、pp. 64-66参照。
42 久保田、前掲書、pp.2-3参照。
43 横田、前掲書、p.84参照。
複雑になった現代で生産者やその生産過程を追跡できるということは、有機食品ならずと も必要とされていた制度であった。
有機食品の検査認証制度は管理と記録がきちんと行われている生産者(生産行程管理者)、 製造業者、小分け業者、輸入業者を農林水産大臣より登録、認可された登録認定機関が判 定し、認定された生産者が自ら規格に適合するか判定し、適合すると判定した場合に有機 JASマークをつけることができるという仕組みである(図2-2参照)。2002年12月時点で、
国内で65機関が登録されている44。
欧米では比較的早くから法律によって規定がなされ、現在数多くの認証機関がある。1972 年には国際的なオーガニック認証機関であるIFOAM45(オーガニック農業運動国際連盟)
が設立され、2000年4月時点で認定は100カ国以上、300のオーガニック認定機関が登録 されている46。
しかし、JAS法改正にも問題点はいくつか存在する。1つは生産コストの上昇と事務負担 の増加、もう 1 つはきっちり認証基準を満たす状況にない場合の対処方法がないというこ とである。認定を得ようとすると、生産コストが40%も多くかかってしまう。栽培暦づけ などの事務負担は、ただでさえ手間のかかる有機栽培にとって大きな痛手となる47。経済的 負担も、登録認定機関への申請料、検査にかかる費用、検査報告書作成費用、認定シール 使用代、シール作成費用、生産工程管理者に義務付けられた講習会への参加費用など、決 して軽いものではない。有機認定料の補助など、行政側の援助が必要であろう48。
また、認証が得られる状況にない場合、本当に有機栽培されたものでも有機とは名乗れ なくなってしまう。これは当然のようだが、今回スポットを当てているコーヒーの場合、
生産者が小規模のケースが多く、資金、事務面の問題や、入り組んだ境界によって他の農 園との隔離ができない、といったような特有の問題が出てきてしまうのである。事実、イ ンターネットを閲覧している限り、認証作業がすぐできない企業は、それまでの商品の「有 機」という名称を取り下げるという動きが数多く見られた。
44 久保田、前掲書、p.46参照。
45 International Federation of organic Agriculture Movements が正式名称。オーガニック農業に取り組 んで、生態的・経済的・社会的に健全で、持続性のある農業経営にしようという目的で設立された。本部 はドイツにある。2年に1度総会を開催(横田、前掲書、pp.104-105参照)。
46 前掲書、p92、p.96参照。
47 同上、p.34参照。
48 久保田、前掲書、pp.54-55参照。
図2-1 有機JASマーク
出所: (社)日本農林規格協会ホームページ http://www.jasnet.or.jp/rule/yuuki_ix.html 2003年12月22日。
図2-2 有機農産物等について名称の表示を行うまでの過程
出所: 同上。
2.5 有機 JAS 認証取得を義務付けられた有機農業のこれから
先述のとおり、これから日本ではJAS認定を受けることが有機栽培である前提となって いる。そのJAS認定をうけた有機農業はこれからも着実に広まりを見せるのであろうか。
ハードルになると思われる経済、経営面の問題、有機栽培への農家の意識、そして有機農
業そのものがはらむ問題点の順に検討していくことにしようと思う。
まず、経済的、経営的側面である。農業経営上の観点から、コストの面で有機農業はど うなのだろうか。
有機農業は生産量が少なく、粗収入がやや少ないので限界利益49も少なめであるが、一方 で機械導入も少ないのではるかに資本装備が少なくてすむ。つまり、総資本利益率が大き く、その面では慣行農業と遜色がない。ということは、収量が多少減ったとしても慣行農 業ではコストが回収できないのに対してその心配がなく経営が安定する。また、地力保全 のためのコストも少なくてすむ。労働量を金銭換算することがなければ、理論上コストの 面ではやっていけると思われる50。しかし、これに認証のコストが上乗せされる。
一般的に認証上の大きな問題は生産者の経費と事務量が増えることだとされている。認 定を受けるには資材が化学物質に汚染されていないという証明、ほ場が他のほ場と隔離さ れているという証明、認証を受けるための事務、例えば農薬や化学肥料をどのように抑え たかという栽培暦をつけることなどが必要になる51。農水省の調査によれば、有機 JAS 生 産工程管理者が認定に当たって最も苦労したこととして作業記録等の書類管理を挙げてい る。その次に病害虫による収量減を次に挙げている52。デスクワークが最大のハードルのよ うである。
今後有機JAS認定制度は生産者の間で広がっていくのであろうか。その適当な指標とし て農家の意識が挙げられると思う。環境保全型農業に取り組んでいる農家のうち 39.1%が 有機JAS制度をよく知らないと答えた。また、23.1%が条件が厳しいという理由で、18.6%
が特に利点がないという理由で認証を受ける予定がないという。全部で 54.5%が認証予定 はないと答えた。この結果からは認証制度はまだ浸透しているとはいいがたい。認証のハ ードルは高く、しばらくは認証を受けた農産物は広まらないようである。
しかし、一方で興味深いデータがある。今後の生産増減意向について、認証を取得して いない生産者は現状維持という回答が 74.3%を占め、生産を拡大したいと回答したのは 11.5%にとどまったのに対して、有機JAS生産工程管理者の46.2%が生産を拡大したいと 回答した53。これは有機認証を受けて農家はより積極的だということかもしれないが、認定 によってプラス要素があると解釈したほうがよいだろう。今後は消費者の間で認証が定着 することが予想されるので、プラスの点を未認定業者に説明しつつ、拡大を図る努力が必 要になってくると思われる。
最後に有機農業のはらむ問題点についても触れておくことにしよう。除草のところで紹
49 粗利益−資材費などの直接費。
50 久宗、熊澤監修 (株)農林中金総合研究所、前掲書参照。
51 横田、前掲書、p.80、p.82参照。
52 農林水産省大臣官房統計情報部 『平成13年度持続的生産環境に関する実態調査 環境保全型農業に よる農産物の生産・出荷状況調査報告書』 農林統計協会、2002年、pp.16-18参照。
53 同上。